ごまめのつぶやき

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青い海が好き♪人生山あり谷ありですが立ち止まっている時間はありません。食べネタ多し!!

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カテゴリ:四国霊場八十八ケ所( 30 )

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雨は上がり青空が見え始めました

納経所へ行き許可を頂きに行きます

私の方へ向かい手で丸をかいて
許可を得たことを知らせてくれているとーちゃん


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金泉寺の歴史と由来

聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が寺塔を建立し、「金光明寺」と命名されたと伝えられる。そのころの本尊は高さ約91センチの釈迦如来像で、脇侍に阿弥陀如来、薬師如来の三尊像を安置して開基したという。弘仁年間(810〜24)になって弘法大師が四国を巡教された際、村の人たちが日照りに苦しんでいるのを見て、この地に井戸を掘られた。この井戸から湧き出た水は霊水で、「長寿をもたらす黄金の井戸」とされ、寺名の「金光明寺」を改め、「金泉寺」とした。その後、亀山天皇(在位1259〜74)が法皇になられ、弘法大師を篤く信仰されて各地の霊跡を巡拝、金泉寺にもしばらく滞在された。(霊場のホームページからお借りしました)


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by nobuyuuta | 2018-10-12 15:59 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(2)
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納経所で演奏の許可を頂きました

本堂でどうぞってことで、三味線を弾きました


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本堂の前にかっぽう着をきたお姉様方がお参りに来られた人に
お接待にと袋にいれた『すだち』やジュースやお菓子などを
配られていました


本堂で三味線のほ奉納演奏してきたから
お姉様方に弾きましょうか?と言うと
拍手がおこりました



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喜んで頂いて有難うございました
たくさんのお声をかけていただきました



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本堂でお参りをした後この安楽橋を渡りました



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池には鯉がたくさんいました


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安楽時の歴史と由来

『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)には「医王の神化を人みな仰ぎ寺院繁栄に至り、十二宇門甍を接し鈴鐘のひびき絶える時なし…」と記され、その昔は阿讃の山麓から現在地まで寺域が点在し、戦国時代の兵火や明治維新の神仏分離令を経て現在に至っている。
ここ引野村には古くから温泉があり、安楽寺は弘法大師によって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で、山号は温泉山とされた。(現在も大師堂前から温泉が湧き出ている。)桃山時代に阿波藩祖・蜂須賀家政公が「駅路寺」と定め、四国遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の施設を置いた。その記録である「駅路寺文書」(慶長3年=1598)が今も残されており、宿坊はいらい400年の歴史を有する。藩政時代は山門に蜂須賀家の家紋が入った雪洞が許され、寺域は殺生禁断とされた。茅葺き屋根の方丈は、250年前に蜂須賀公により寄進され、質素ながら堂々とした木造建築である。
(霊場のホームページからお借りしています)






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by nobuyuuta | 2018-10-12 14:55 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)
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駐車場は広いです

納経所へ行き奉納演奏の許可を頂きます


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大きな雨ではありませんが、雨降なので本堂で演奏されて
くださいと有難いお言葉を頂きました


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お大師様


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このお寺さんの本堂の中で三味線演奏奉納しました

本堂での撮影は禁止ですので、写真はありません














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by nobuyuuta | 2018-10-11 18:35 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(2)

朝起きると 雨

美味しいご飯を頂いた後は、入浴して川のせせらぎを聞きながら眠りについた

目が覚めて川の流れる音かとよ~く耳を澄ませ
外を覗いて見ると雨が降っていました

え~!雨の予定ではないよね

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和食の朝食を美味しく頂きました


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荷物を車に積む準備をしながら

三味線の調整をしているとーちゃん


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支払いを済ませて荷物を積みながら

雨の止むのを待っていました
(小雨にはなってきましたが、止む気配なし)

挨拶をして出かけました





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by nobuyuuta | 2018-10-11 18:34 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)
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このような狭い道を進み 鶴林寺へ向かいます


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納経所を訪れて演奏の許可を頂きます


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鶴林寺のごとく鶴の銅像があります


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本堂でお参りします


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鶴林寺の歴史と由来

標高550メートルの鷲が尾の山頂にあり、遠く紀州や淡路の山峰、遙かに太平洋を眺望できる風光明媚な霊山が境内である。樹齢千年を超すような老杉、檜や松の巨木が参道を覆っており、寺門は静謐ながら隆盛の面影をしのばせる。寺伝によると延暦17年、桓武天皇(在位781?806)の勅願により、弘法大師によって開創された。大師がこの山で修行していたとき、雌雄2羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて老杉のこずえに舞い降り、小さな黄金のお地蔵さんを守護していた。この情景を見て歓喜した大師は、近くにあった霊木で高さ90センチほどの地蔵菩薩像を彫造、その胎内に5.5センチぐらいの黄金の地蔵さんを納めて本尊とし、寺名を鶴林寺にしたといわれる。

また、境内の山容がインドで釈尊が説法をしたと伝えられる霊鷲山に似ていることから、山号は「霊鷲山」と定められた。以来、次の平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇と歴代天皇の帰依が篤く、また源頼朝や義経、三好長治、蜂須賀家政などの武将にも深く信仰されて、七堂伽藍の修築や寺領の寄進をうけるなど寺運は大きく栄えた。阿波一帯の寺が兵火に遭遇した「天正(1573?92)の兵火」にも、山頂の難所にあるためか難を免れている。「お鶴」「お鶴さん」などと親しまれ、山鳥が舞う大自然そのままの寺である。(霊場のホームページからお借りしました)


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階段を下ります


7日のお遍路(三味線奉納演奏)は終わり

宿へ向かいます・・・続く















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by nobuyuuta | 2018-10-10 17:19 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(2)
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ロープウエーに乗り山2つ越えて行くお寺です

全長2775メートルで西日本最長101人乗りのゴンドラです
所要時間10分

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ロープウエーからの景色です



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今は銅像がおりますが、その昔はおおかみが生息していた山とのこと


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これに乗ってきました

下りたらお寺です


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やはり階段があります(笑)

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三味線を担いで登ります


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本堂


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本堂に向かい奉納演奏しています

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おみくじをひきました

☆とーちゃん・・・吉

☆σ(^_^)アタシ・・・大吉 でした


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歴史と由来

「西の高野」とも称される。四国山脈の東南端、標高618メートルの太龍寺山の山頂近くにある。樹齢数百年余の老杉の並木が天空にそびえ、境内には古刹の霊気が漂う。弘法大師が19歳のころ、この深奥の境内から南西約600メートルの「舎心嶽」という岩上で、100日間の虚空蔵求聞持法を修行されたという伝えは、大師が24歳のときの著作『三教指帰』に記されており、よく知られている。虚空蔵求聞持法は、真言を百万遍となえる最も難行とされる修法で、大師青年期の思想形成に大きな影響を及ぼしている。縁起によると延暦12年、桓武天皇(在位781〜86)の勅願により堂塔が建立され、弘法大師が本尊の虚空蔵菩薩像をはじめ諸尊を造像して安置し、開創した。山号は修行地の舎心嶽から、また寺名は修行中の大師を守護した大龍(龍神)にちなんでいる。

皇室や武家の尊信が厚く、平安時代の後期には子院12ヶ寺をもつほどに栄えていた。だが、「天正(1573〜92)の兵火」からは逃れられなかった。また、江戸時代になっても幾たびか罹災し、荒廃の途を余儀なくされているが、その都度ときの藩主の保護をうけ再建されている。仁王門は鎌倉時代の建立で、他の堂塔は江戸時代以降に復興している。四国巡礼者にとって、屈指の難所であったこの山岳寺院にロープウエーが開通したのは平成4年である。徒歩では、中腹の駐車場から坂道を登るのに30分も要していた。1,200年のむかし、大師の修行時代をしのばせる迫力、風格をそなえた古刹である
(霊場のホームページからお借りしました)

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ロープウエーで山を下りました


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続く・・・・・




























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by nobuyuuta | 2018-10-10 15:54 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)
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山門をくぐりますと又階段が見えました

これも修行です、ひたすら登ります


納経所へ伺い、三味線演奏の許可を頂きます


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本堂です
平等にへだてのなきと聞く時はあら頼もしき仏とぞみる

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三味線を弾き終わり片づけていますと

女性の方がもう終わりましたか?
一曲聞かせていただけませんか?と声をかけて頂きました


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マラソンの練習の為に近くの道の駅に車を停めてここまで
走ってこられたそうです



10月の最終日曜日に富山県の立山でのマラソン大会に
出られることを聞きました


出会える人の縁にこちらも元気を頂きます


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帰りは違う階段を下りました
(階段にはお賽銭が置かれています)




平等寺の歴史と由来
弘法大師がこの地でご修行のみぎり空中に5色の霊雲がたなびき、その中に黄金の梵字が現れました。大師が歓喜して加持されると薬師如来の尊像が現れて光明が四方に輝いたのです。大師がさっそく加持水を求め杖で井戸を掘られたところ、乳のごとき白い水が湧き溢れました。その霊水で身を清められた大師は100日の修行の後に薬師如来像を刻み本尊として安置し、人々が平等に救済されるようにとの願いをこめて山号を白水山、寺号を平等寺と定められたのです。
(霊場のホームページからお借りしました)






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by nobuyuuta | 2018-10-10 15:04 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)

台風の様子を見ながら計画を・・・。
(無理はいたしません)

土曜日仕事を終えて夕食を摂り、早めの就寝!!!

午前1時に起きて目覚ましにアイスコーヒーを1杯飲んで1時30分出発しました


第23番札所 薬王寺(やくおうじ)を目指して車を走らせました

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暫く風はありましたが、雨も気にならず四国入りします



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道の駅『日和佐』で洗顔 洗面をして身支度をした


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とーちゃん三味線の準備をしています


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前方の赤い建物を目指して歩く


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三味線を被いています
(階段があるからです)


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一番にお寺の納経所へ行き三味線の演奏許可を頂きます




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やはり階段があります(なみだ)



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基本登りは左側を通行します



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大きなくすのきです


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急な階段を上ってきたお陰でこんな景色を見る事ができました


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とーちゃんが三味線を弾いている間に私は本堂へお参りします


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三味線を弾き終わると広島県からのお遍路さんに声を
かけて頂きました

四国88ケ所を6周されたそうです

たくさんのお話しを聞かせてくださいました


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皆人の病みぬる年の薬王寺瑠璃の薬をあたえましませ


『発心の道場』といわれる阿波最後の霊場。高野山真言宗の別格本山でもある。厄除けの寺院としては全国的に有名で、「やくよけばし」を渡って本堂に向かう最初の石段は、「女厄坂」といわれる33段、続く急勾配の石段「男厄坂」が42段で、さらに本堂から「瑜祇塔」までは男女の「還暦厄坂」と呼ばれる61段からなっている
(お寺の説明文からお借りしました)




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by nobuyuuta | 2018-10-09 17:40 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(6)
美郷の湯で美味しい朝食を頂いて、出発しました。

ゆっくりはしておれない、帰宅する日です。

12番札所焼山寺に伺いました。

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こんな細い道が続きます


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駐車場も広く大型バスも来るようです


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本堂までちょっと距離がありました


いきなり階段ではありませんが、がたがたなので

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とーちゃん三味線を背負いました


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やはり階段があります


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一礼をしてお邪魔します


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住職さんの奥様が写真を撮らせてほしいと来られました

聞いていないふりをしていてたくさんの方が聞いてくださっていました



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8月お盆休みのお遍路(奉納演奏は終わりました)


このあと自宅へ向かい車を走らせました





標高938mの焼山寺山の山腹にあり、八十八カ所の難所のひとつ。歩き遍路の場合は、「遍路ころがし」の緑に囲まれた山道を12・5㎞歩くことになる。男性で6時間、女性は7時間かかるといわれるが、大師ゆかりの長戸(ちょうど)庵、柳水(りゅうすい)庵、一本杉庵をたどる道のりは、歩き甲斐があるというもの。昔、この山には大蛇が棲んでいて、大師が登ろうとすると、火を吐き、山全体が火の海となった。大蛇は大師を襲ったが、虚空蔵菩薩が現れ、大蛇を岩屋に封じ込めたという。奥の院への途中に、「大蛇封じ込めの岩」が残る。

(焼山寺さんの説明文からお借りしています)












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by nobuyuuta | 2018-08-25 18:15 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(6)

美郷の湯で宿泊

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山の中の大きなお風呂があるお宿にお世話になりました

(徳島県吉野川市美郷のお湯宿 四季芳る美郷の湯)



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お部屋も広くて落ち着いたお部屋


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お部屋にかけられている額も可愛くて

ブロ友のクララちゃん~好みでしょ♪



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ゆらゆらできる~~~♪


外は山の中で川のせせらぎとかなかな~と聞こえてくるよ



とーちゃんが調べておいてくれているここのお宿の
レストラン『オルガノ』って言うの

生パスタや牛タン焼きが美味しいらしいのよ (^-^)


お宿にチェックインした時に支配人さんが楽器ですか?とお聞きになられ
何の楽器ですか?

津軽三味線です


わあ~~~『聞きたい』


じゃあ食事の前に弾きますか? 『はい!!』


皆さん夕食の時に
(食堂の入り口で食堂に向かっての演奏です)

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2~3曲弾かせて頂きました
(津軽じょんから節曲弾きと富山県民謡も含めて)

お客さんに楽器(小物)をもって参加していただきました

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演奏終了後、楽器を片付けてから

いよいよ夕食の時間です






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by nobuyuuta | 2018-08-25 16:09 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)