10月8日第6番札所 安楽寺(あんらくじ)

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納経所で演奏の許可を頂きました

本堂でどうぞってことで、三味線を弾きました


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本堂の前にかっぽう着をきたお姉様方がお参りに来られた人に
お接待にと袋にいれた『すだち』やジュースやお菓子などを
配られていました


本堂で三味線のほ奉納演奏してきたから
お姉様方に弾きましょうか?と言うと
拍手がおこりました



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喜んで頂いて有難うございました
たくさんのお声をかけていただきました



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本堂でお参りをした後この安楽橋を渡りました



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池には鯉がたくさんいました


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安楽時の歴史と由来

『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)には「医王の神化を人みな仰ぎ寺院繁栄に至り、十二宇門甍を接し鈴鐘のひびき絶える時なし…」と記され、その昔は阿讃の山麓から現在地まで寺域が点在し、戦国時代の兵火や明治維新の神仏分離令を経て現在に至っている。
ここ引野村には古くから温泉があり、安楽寺は弘法大師によって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で、山号は温泉山とされた。(現在も大師堂前から温泉が湧き出ている。)桃山時代に阿波藩祖・蜂須賀家政公が「駅路寺」と定め、四国遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の施設を置いた。その記録である「駅路寺文書」(慶長3年=1598)が今も残されており、宿坊はいらい400年の歴史を有する。藩政時代は山門に蜂須賀家の家紋が入った雪洞が許され、寺域は殺生禁断とされた。茅葺き屋根の方丈は、250年前に蜂須賀公により寄進され、質素ながら堂々とした木造建築である。
(霊場のホームページからお借りしています)






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by nobuyuuta | 2018-10-12 14:55 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)

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by ごまめ
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