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10月7日第20番札所 鶴林寺(かくりんじ)

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このような狭い道を進み 鶴林寺へ向かいます


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納経所を訪れて演奏の許可を頂きます


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鶴林寺のごとく鶴の銅像があります


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本堂でお参りします


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鶴林寺の歴史と由来

標高550メートルの鷲が尾の山頂にあり、遠く紀州や淡路の山峰、遙かに太平洋を眺望できる風光明媚な霊山が境内である。樹齢千年を超すような老杉、檜や松の巨木が参道を覆っており、寺門は静謐ながら隆盛の面影をしのばせる。寺伝によると延暦17年、桓武天皇(在位781?806)の勅願により、弘法大師によって開創された。大師がこの山で修行していたとき、雌雄2羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて老杉のこずえに舞い降り、小さな黄金のお地蔵さんを守護していた。この情景を見て歓喜した大師は、近くにあった霊木で高さ90センチほどの地蔵菩薩像を彫造、その胎内に5.5センチぐらいの黄金の地蔵さんを納めて本尊とし、寺名を鶴林寺にしたといわれる。

また、境内の山容がインドで釈尊が説法をしたと伝えられる霊鷲山に似ていることから、山号は「霊鷲山」と定められた。以来、次の平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇と歴代天皇の帰依が篤く、また源頼朝や義経、三好長治、蜂須賀家政などの武将にも深く信仰されて、七堂伽藍の修築や寺領の寄進をうけるなど寺運は大きく栄えた。阿波一帯の寺が兵火に遭遇した「天正(1573?92)の兵火」にも、山頂の難所にあるためか難を免れている。「お鶴」「お鶴さん」などと親しまれ、山鳥が舞う大自然そのままの寺である。(霊場のホームページからお借りしました)


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階段を下ります


7日のお遍路(三味線奉納演奏)は終わり

宿へ向かいます・・・続く















Commented by メーメー at 2018-10-10 20:56 x
お二人に つけていただく 万歩計は
高低差も測れるものじゃないとダメですね〜。
Commented by ごまめ at 2018-10-10 21:30 x
メーメーさん、こんばんは🌇

帰宅後お陰様で、仕事も忙しいです。
でも仕事を離れて好きな事をしていると、気晴らしになります。

北へ南へとお遍路旅は続きます。気持ちだけは元気だよ。

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by nobuyuuta | 2018-10-10 17:19 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(2)