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10月7日第21番札所 太龍寺(たいりゅうじ)

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ロープウエーに乗り山2つ越えて行くお寺です

全長2775メートルで西日本最長101人乗りのゴンドラです
所要時間10分

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ロープウエーからの景色です



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今は銅像がおりますが、その昔はおおかみが生息していた山とのこと


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これに乗ってきました

下りたらお寺です


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やはり階段があります(笑)

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三味線を担いで登ります


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本堂


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本堂に向かい奉納演奏しています

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おみくじをひきました

☆とーちゃん・・・吉

☆σ(^_^)アタシ・・・大吉 でした


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歴史と由来

「西の高野」とも称される。四国山脈の東南端、標高618メートルの太龍寺山の山頂近くにある。樹齢数百年余の老杉の並木が天空にそびえ、境内には古刹の霊気が漂う。弘法大師が19歳のころ、この深奥の境内から南西約600メートルの「舎心嶽」という岩上で、100日間の虚空蔵求聞持法を修行されたという伝えは、大師が24歳のときの著作『三教指帰』に記されており、よく知られている。虚空蔵求聞持法は、真言を百万遍となえる最も難行とされる修法で、大師青年期の思想形成に大きな影響を及ぼしている。縁起によると延暦12年、桓武天皇(在位781〜86)の勅願により堂塔が建立され、弘法大師が本尊の虚空蔵菩薩像をはじめ諸尊を造像して安置し、開創した。山号は修行地の舎心嶽から、また寺名は修行中の大師を守護した大龍(龍神)にちなんでいる。

皇室や武家の尊信が厚く、平安時代の後期には子院12ヶ寺をもつほどに栄えていた。だが、「天正(1573〜92)の兵火」からは逃れられなかった。また、江戸時代になっても幾たびか罹災し、荒廃の途を余儀なくされているが、その都度ときの藩主の保護をうけ再建されている。仁王門は鎌倉時代の建立で、他の堂塔は江戸時代以降に復興している。四国巡礼者にとって、屈指の難所であったこの山岳寺院にロープウエーが開通したのは平成4年である。徒歩では、中腹の駐車場から坂道を登るのに30分も要していた。1,200年のむかし、大師の修行時代をしのばせる迫力、風格をそなえた古刹である
(霊場のホームページからお借りしました)

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ロープウエーで山を下りました


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続く・・・・・




























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by nobuyuuta | 2018-10-10 15:54 | 四国霊場八十八ケ所 | Comments(0)